キリスト教/ラトビア正教会の代表団が、モスクワ総主教庁より聖油を受け取る(2023年10月)

 2023年10月5日~10月7日、キリスト教/東方正教会/ロシア正教会モスクワ総主教庁の管轄権下で自治的な権限を行使するラトビア正教会(ただし国内の政治の要求により独立正教会であることを宣言)の代表団が、ロシア連邦のモスクワを訪問したようです。

 一行は、ロシア正教会の高位の聖職者のうち、
 クルチツィ・コロムナ府主教パーヴェル座下(His Eminence Metropolitan Pavel of Krutitsa and Kolomna)、
 ヴォスクレセンスク府主教ディオニシー座下(His Eminence Metropolitan DionysiusDionisiy】 of Voskresensk)、
 モスクワ総主教庁渉外局長ヴォロコラムスク府主教アントニー座下(His Eminence Metropolitan Anthony of Volokolamsk, Chairman of the Department for External Church Relations of the Moscow Patriarchate)、
 らと会談したようです。

 

 (ロシア語:ラトビア正教会 公式ウェブサイト)Встреча в Отделе внешних церковных связей. | Официальный сайт Латвийской Православной Церкви

 

 また、モスクワ総主教庁より聖油を受け取っていることが、最後のパラグラフにさりげなく書かれています。

 この辺りの理屈がまったくわからないと、訪問して何か受け取って帰った、というだけのことになりますが。

 

 (英語)Latvian Church receives Chrism from Moscow just months after consecrating bishop without Moscow’s blessing / OrthoChristian.Com

 

 上記の記事にあるように、この聖油を受け取るという行為は、自らが渡す相手の教会の一部であることを示す、というのがロシア正教会の見解です。
 一方、これもまた上記の記事にあるように、コンスタンティノープルは他の独立正教会にも渡しています(コンスタンティノープルにとって他の独立正教会というのがどういうものなのかもうわからなくなっていますが、それはともかく)。

 ラトビア正教会は、ロシア正教会から許可を得ずに主教の叙聖をおこないました。

関連:
 キリスト教/ロシア正教会から、分離して独立正教会であることを宣言したラトビア正教会が独自に主教を叙聖(2023年8月)ロシア正教会の聖シノドは反発

 この件に関する審議がおこなわれますが……。

 仮に主教叙聖が後付けで承認されるとなると、聖油を受け取っていることを含め、ロシア正教会側から見てラトビア正教会は変わらずロシア正教会の一部であり、問題はあったが後から(ある程度は)修復されているし、残りも後からどうにでもなるということになるのではないでしょうか。

 ラトビア正教会側がどう考えているかはわかりませんが、ラトビアの政治家の目を欺いて教会独立偽装をおこなっておりロシア正教会から独立するつもりはさらさらないか、あるいは情勢がどうなってもいいようにできるだけ綱渡りをしているのか。

キリスト教/ラトビア正教会“独立”問題:ラトビア政府議会による“独立”強制について、ラトビア正教会は(ロシア正教会から分離しての)教会分裂には陥っていないとのロシア正教会側の文書(2022年9月~10月)

 2022年9月5日、ラトビア共和国大統領エギルス・レヴィッツ閣下(His Excellency Egils Levits)は、ラトビア正教会の“独立”のための法改正を議会に求めました。
 この問題は、キリスト教の東方正教会の中で、ラトビア正教会は、ロシア正教会モスクワ総主教庁の管轄権下で自治的な権限を持っている教会であることが問題視されていることによります。
 つまり(政治的な文脈で言えば)大統領は、教会経由でのロシアの影響があるとの判断で、その影響を排除したい、ということです。

 

05.09.2022. Valsts prezidents paraksta grozījumus Latvijas Pareizticīgās Baznīcas likumā – YouTube

 

 (英語:ラトビア大統領府 公式サイト)Announcement by President of Latvia Egils Levits on Amendments to the Law on the Latvian Orthodox Church | Valsts prezidenta kanceleja

These amendments provide for the full recognition of the self-contained and independent (autocephalous) status of the Latvian Orthodox Church.

This is the status that was historically de facto established for our orthodox church by the 6(19) July 1921 Tomos issued by Patriarch of Moscow and all Russia Tikhon to Archbishop Jānis Pommers and the Cabinet of Ministers Regulation of 8 October 1926 on the Status of the Orthodox Church.

I can confirm that the Latvian Orthodox Church and Metropolitan Alexander can count on full support from the state of Latvia as an autocephalous church henceforth also recognised in law.

 

 大統領府 公式サイトによりますと、同大統領は、ラトビア正教会に、独立= independent (独立正教会= autocephalous )を求めています。
 またその根拠の一つを、1921年にロシア正教会の(聖)ティーホン総主教からヤーニス大主教に渡されたトモス(何かを許可する文書だと思ってください)に由来するとしています。

 

 ここで疑問が浮かびます。
 東方正教会の独立正教会= autocephalous についてです。
 これは現在、コンスタンティノープルおよびギリシャ系の諸教会は承認についてはコンスタンティノープルに全権があるかのように主張している状況です。
 一方で他の教会の多くはそれぞれの独立正教会が承認するものである、とみていると大雑把に言えばそうなります。
 いずれにせよ、ロシア正教会の一部にすぎないラトビア正教会について、国が認めたら独立正教会になるというのはムチャですが、現在のロシア・ウクライナの状況でその判断がムチャクチャといえるかは結果次第でしょう。
 この結果次第というのは、前述のコンスタンティノープルとポロシェンコ元大統領が2018年にウクライナで強引なことをやらかした結果、ウクライナの正教会は混乱の極みにあるからです。
 ラトビア政府がコンスタンティノープルとこの後からむかどうかはわかりませんが、上記リンクのアナウンスからは特に読み取れません。
 コンスタンティノープルと関わると混乱が増すだけのような気もしますが、今のままでは正統性がないことはラトビア側もわかっているでしょう。大統領府の文章でも de facto の単語を使用していることからもわかるように、1921年のトモスは決して独立を認めたものではないということです(そもそも1921年のトモス自体になにが書かれていたかはっきりわかりませんが……)。

 

 続いて、
 (英語:ラトビア議会【サエイマ】公式サイト)Saeima affirms independence of Latvian Orthodox Church from any ecclesiastical authority outside Latvia – Latvijas Republikas Saeima

On Thursday, 8 September, the Saeima adopted urgent amendments to the Law on the Latvian Orthodox Church affirming the full independence of the Latvian Orthodox Church with all its dioceses, parishes, and institutions from any church authority outside Latvia (autocephalous church).

According to the explanatory note to the Draft Law, the definition of the scope of legal status in the Law does not affect or interfere with the Church’s doctrine of faith and canon law.

 レヴィッツ大統領が議会に送ったラトビア正教会の“独立”のための法改正案をラトビア議会【サエイマ】は承認しました。
 上記の文章からわかる通り、彼らはこの法が、教義や信仰・教会法に影響や介入するものではないとしています。
 が、その教会が独立正教会 = autocephalous church かどうかというのは、まさに教会法に属する事柄です。
 ロシア正教会モスクワ総主教庁は、ラトビアのこの対応を中世以下と酷評しています。

 (英語)Interfax-Religion: Russian Orthodox Church on declaration of Latvian Church’s autocephaly by parliament: they surpassed Middle Ages

 ドイツの16世紀より悪い、という意です。
 もっとも16世紀のドイツを持ち出すのが良い反論とは感じませんが。

 

 さらに、
 (ロシア語:ラトビア正教会 公式サイト)Официальный сайт Латвийской Православной Церкви | О изменениях в Законе о Латвийской Православной Церкви

 上記を受けて(当初は)否定的な見解を出していたラトビア正教会は法律に従い独立正教会 = autocephalous church となる/を称することを受け入れたようです。

 もちろんのこと、東方正教会の他の独立正教会がどこも認めない限りは、独立正教会として他の教会から扱われることはありませんが……。

 

 さて、その後、具体的にどうなっていたかですが、
 (英語)ROC to Latvians: Patriarch Kirill still commemorated, state-declared autocephaly is purely legal, not canonical / OrthoChristian.Com

 上記の報道によれば、ロシア正教会のクルチツィ・コロムナ府主教パーヴェル座下(His Eminence Metropolitan Pavel of Krutitsa and Kolomna)が、ラトビア正教会は、ロシア正教会の首座/モスクワ総主教キリル聖下を自分たちの教会の首座として名を挙げて礼拝をおこなっており、教会分裂の状態にはないとの文書をラトビアの信徒らに対して出した、ということです。
 これはつまり、ラトビア政府議会がいう独立正教会という単語は、教会法上の独立正教会とはなんの関係もないので気にせずに活動がおこなわれている、といっていいのかもしれません。
 もちろん、議会自体が「教会法には影響しない」といっているので、同じ単語を使っていても教会法には関係ないということになるともいえます。
 しかしこれでは、ラトビア政府議会のおこなったことは、何の意味もなかったということになります。
 大統領がキリル総主教にあらためて独立正教会の承認を求めているという話もありますが、たしかにこれでは他に手はないといえるかもしれません。

追記:
 10月31日までにラトビア正教会の憲章の改定が要求されており、その内容次第になるとは思われます。

 

続報:
 キリスト教/ロシア正教会から、分離して独立正教会であることを宣言したラトビア正教会が独自に主教を叙聖(2023年8月)ロシア正教会の聖シノドは反発

東方正教会シスマ2020:キリスト教/ロシア正教会系のベラルーシ正教会の首座が交代(2020年8月)教会方面から見た場合、プーチン政権のルカシェンコ大統領支援は必然

 ベラルーシ共和国の混乱が最終的にどうなるのかわかりませんが、ここではキリスト教/東方正教会の現況からすると、プーチン政権がルカシェンコ大統領(大統領としておきます)を支援するのは必然ということになるということを記しておこうと思います。

 

 2018年~2019年に、キリスト教/コンスタンティノープルの全地総主教庁が、元来はロシア正教会の管轄権下にあるとされてきたウクライナにおいて、教会法上合法でない勢力(合法でない神品=聖職者の集団)を独立正教会として一方的に認めるということがありました(当サイトでは東方正教会大分裂やシスマ2018という単語を使っています)。ロシア正教会はこの結果、コンスタンティノープルとのフル・コミュニオンを解除。ウクライナ国内では、モスクワ総主教庁系のウクライナ正教会が当局やナショナリストから弾圧を受けるということが続き、ゼレンスキー大統領に代わっても、いまだ攻撃は続いています(率直にいって以前よりだいぶゆるくなっているようには思えますが……)。
 公平のために言えば、これはロシアとの政治的緊張があることが原因ではありますが、だからといって「古代からの正しい教え」がどうたらといっていた人たちが教会法とか聖職者とかテキトーでいいですなどと言いだせば状況がムチャクチャになるのは当たり前のことです。

 この(教会大分裂の)件は、いまだになんの解決も見ていないどころか傷口を広げていますが(トルコがコンスタンティノープルの聖堂をぽんぽん接収してモスクに変えている件もコンスタンティノープルとモスクワの絶縁状態のため「協力して対抗してくることはあるまい」とエルドアン大統領になめられているといううがった見方もあります)、今回のベラルーシの混乱において、この方面からの指摘があまりなされていないというのが不思議である、というのが正直な感想です。

 

 そもそもウクライナへの独立正教会設置は、当時のポロシェンコ大統領が求めたものであり、この政治主導のアイデアはモンテネグロや北マケドニアに波及し、さらに東方正教会の混乱を深めています。
 一方、ロシア連邦とベラルーシ共和国の統合国家【Union State】のさらなる推進には極めて消極的だったルカシェンコ大統領は、宗教面においてはロシア正教会系のベラルーシ正教会【ベラルーシ全土における総主教代理区】を尊重していました。今も尊重しています。

 この状況で、反ルカシェンコ勢力が立ち上がるわけですが、彼ら・彼女らが反ロシア・反プーチンを叫んでいなかったからといって、彼ら・彼女らがルカシェンコ大統領よりもプーチン政権に好意的である可能性はなく、ベラルーシ正教会にいたってはどうでもいいとしか思っていないことは明らかでしょう。
 ベラルーシ正教会の勢力が弱まれば、ウクライナにおいてコンスタンティノープル系ウクライナ正教会【OCU】と争っているウクライナ正教会(モスクワ総主教庁)系【UOC or UOC-MP】にもダメージとなります。弾圧強化が起こる可能性もあります。
 平たく言えば、反ルカシェンコ勢力の成功は、ロシア正教会とプーチン政権にとってはベラルーシのみならずウクライナへの影響力を大きく削がれるものであり、(当初彼ら・彼女らや一部専門家が見ていた)ロシアの介入はないだろうなどというのは能天気にもほどがある観測だったということです。

 現に、コンスタンティノープル系ウクライナ正教会の首座“エピファニー府主教”は、ベラルーシ正教会の聖職者のうちで反ルカシェンコ政権の抗議行動に身を投じた聖職者らなどにコンスタンティノープルに独立正教会として認めてもらうよう勧める発言をしました。ベラルーシには主に国外で活動する(教会法上合法でない)ベラルーシ独立正教会という反体制系教会もあり、この教会は OCU を構成した教会法上合法でない教会とも関係を持っていました。
 仮にこの動きが成功していれば、彼らコンスタンティノープル系のグループは、ウクライナ国内でさらに有利に戦えることになったでしょう(まだ失敗したと確定したわけではないですが)。

 

 以上の状況からプーチン政権はルカシェンコ大統領をバックアップする体制を整えざるをえない(えないというか……)ので整えていくわけですが、ロシア正教会モスクワ総主教庁にも動きがありました。
 ベラルーシ人である、ボリソフ・マリーナゴルカ主教ヴェニャミン座下(His Grace Bishop BenjaminVeniamin】 Borisov and Marinogorsk)を新たにベラルーシ全土における総主教代理/ベラルーシ正教会の首座に選出しました(2020年8月。これまで首座であったミンスク・ザスラーヴリ府主教パーヴェル座下(His Eminence Metropolitan PaulPavel】of Minsk and Zaslavl, the Patriarchal Exarch of All Belarus)の辞意を受けてのものとされる)。また翌月には座下は府主教に昇叙されています。
 これは要するにベラルーシ人を首座に選出してガス抜きをしたということで、これにどれほどの効果があるのか正直わかりません。

 しかし、ロシアの政界・聖界ともに引くつもりはまったくないだろうということは明らかで(今回のシスマ全般にいえますが、どの勢力も引くとマイナスが大きすぎるので引けない)、たとえ第三次世界大戦になろうともロシアが引くことはないのではないかと思います。

 

キリスト教/ベラルーシ正教会の前首座フィラレート府主教座下が、現首座パーヴェル府主教座下およびローマ・カトリック教会のミンスク=マヒリョウ大司教タデウシュ・コンドルシエヴィチ座下と会見(2020年1月)

 2020年1月9日、キリスト教/東方正教会/ロシア正教会モスクワ総主教庁下でわずかに自治的な権限を持つベラルーシ正教会【全ベラルーシにおける総主教代理区】の前・首座/全ベラルーシにおける名誉総主教代理/前ミンスク・スルーツク府主教フィラレート座下(His Eminence Metropolitan FilaretPhilaret】, The Patriarchal Exarch Emeritus of All Belarus)は、ベラルーシ正教会【全ベラルーシにおける総主教代理区】の首座/ミンスク・ザスラーヴリ府主教パーヴェル座下(His Eminence Metropolitan PaulPavel】of Minsk and Zaslavl, the Patriarchal Exarch of All Belarus)およびキリスト教/ローマ・カトリック教会/ミンスク=マヒリョウ大司教タデウシュ・コンドルシエヴィチ座下(Tadeusz Kondrusiewicz, Archbishop of Minsk-Mohilev)の訪問を受けました。

 降誕祭に際したもののようです。

 

 (ロシア語:ベラルーシ正教会公式サイト)Митрополит Филарет принял поздравления с праздником Рождества Христова | Межрелигиозный диалог | Белорусская Православная Церковь | Новости | Официальный портал Белорусской Православной Церкви

 

キリスト教/ベラルーシ正教会のパーヴェル府主教座下の降誕祭【2019年/2020年】メッセージ(2020年1月)

 キリスト教/東方正教会/ロシア正教会モスクワ総主教庁からある程度自治的な権限を与えられているベラルーシ正教会【全ベラルーシにおける総主教代理区】の首座/ミンスク・ザスラーヴリ府主教パーヴェル座下(His Eminence Metropolitan PaulPavel】of Minsk and Zaslavl, the Patriarchal Exarch of All Belarus)の降誕祭のメッセージが掲載されています。

 ロシア語とベラルーシ語の文章が用意されており、サイトのページから .docx 形式のファイルがダウンロードできます。

 

 (ロシア語:ベラルーシ正教会公式サイト)ВНИМАНИЮ СМИ! Рождественское послание Патриаршего Экзарха всея Беларуси | Издательства и СМИ | Белорусская Православная Церковь | Новости | Официальный портал Белорусской Православной Церкви